執筆者:後藤ようこ ブログの書き方生成AI時代に読まれるブログの書き方|人は「正しい情報」だけでは動かない 2026年07月23日 下書き <記事の概要> ブログやYouTubeで人の心を動かすには、正しい情報だけでなく、書き手自身の感情や経験が必要です。生成AIと共存しながら、読者一人ひとりに届くコンテンツづくりについて考えます。 目 次 1人の心を動かすコンテンツとは何だろう?生成AI時代に、あらためて考えたこと 2ブログもYouTubeも、数字の向こう側には人がいる 3人は「正しい情報」だけでは動かない 1人の心を動かすコンテンツとは何だろう?生成AI時代に、あらためて考えたこと 先日、料理研究家のリュウジさんのYouTube動画(リュウジのバスレシピ)を見ました。 イタリア料理界の巨匠として知られる落合務シェフが、リュウジさんとコラボし、料理を披露する動画でした。 落合シェフがつくったアラビアータを口にしたリュウジさんは、しばらく言葉を失い、やがて涙を流していました。 料理の味に感動した。 もちろん、それもあったと思います。 けれど、あの涙は、単に「料理がおいしかった」という感情だけではないように見えました。 ずっと憧れてきた人と肩を並べ、一緒に料理をつくれたこと。 憧れのシェフをめざして料理研究家として歩んできた時間。 これまでの苦労や迷い。 尊敬する料理人への思い。 いろいろな感情が、一つの料理をきっかけにあふれ出したように感じました。 動画の中では、リュウジさんの想像を超える落合シェフの味付けや食材の使い方に触れ、自分よりも少し先を歩き続ける料理人への尊敬を改めて感じられ、涙腺をゆるめたようにも感じました。 見ていた私も、思わず心を動かされました。 そして、考えました。 人の心が動くのは、こういうときなのだ、と。 その映像で心が動くのは、YouTube動画がきれいに編集されているからでも、役立つ情報がたくさん入っているからでも、面白い台本やシナリオが用意されているからでもありません。 その人が歩いてきた時間や、本当に抱えてきた感情が見えたとき。 そして、それに共鳴したとき。 そうなのかもしれません。 2ブログもYouTubeも、数字の向こう側には人がいる ブログを書いても、さっぱり読まれない。 YouTubeを投稿しても、さっぱり再生されない。 時間をかけてつくったのに、数字がほとんど動かない。 そんな日が続くと、内容が悪いのだろうか、もっと引きのあるサムネイルをつくったほうがよいのだろうか、もっと役立つ情報を入れたほうがよいのだろうかと考えてしまいます。 私自身も、ブログのセッション数やYouTubeの再生回数を見ながら、何度もそう思ってきました。 検索される言葉を考える。 タイトルを工夫する。 見出しを整える。 画像やサムネイルをつくる。 できる限り丁寧につくっているつもりなのに、自分が想定している数字には届かない。そのたびに落ち込んでしまいます。 アクセスアップや再生回数を増やす方法を解説するYouTube動画を見て、何度もブラッシュアップしてみる。 しかし、思うような結果が出ないことがほとんどです。 そのたびに、ブログを書くのをやめようか、YouTubeもやめようかと、何度も思います。 けれど、その一方で、思いがけない記事や動画が、誰かの心に深く届くことがあります。狙ったわけでもないのに、なぜか数字が伸びている。 そんな現象です。 その違いは、どこにあるのだろう。 そう考えていくと、最後には人の感情が動くという所にたどり着きます。 先ほど紹介した、リュウジさんが涙を流した動画にも、つながるものがあります。 最近、あらためて思うのは、ブログでもYouTubeでも、人の感情が動かなければ、数字もなかなか動かないということです。 もちろん、検索対策やタイトル、サムネイルなどの最低限の技術は必要です。 しかし、その先で実際に記事を読むのも、動画を見るのも人間です。 数字の向こうには、悩んだり、迷ったり、喜んだりしている、一人ひとりの人がいます。 その人の心に何かが引っかからなければ、数字はついてこない。 そのことを徹底的に考えなければならない。 そう思うのです。 3人は「正しい情報」だけでは動かない 企業ブログをつくるとき、私たちはつい、正しい情報を伝えることに集中します。 エビデンスはどうだろう。 事例は入れたほうがいいかな。 こちらの数字のほうが、説得力があるよね。 そんなことを考えれば考えるほど、ブログは小難しくなり、ブログを書くことが難しくなり、文章もどこかまどろっこしくなっていきます。 もちろん、正確な情報は大切です。 読者の疑問に答えることも、専門的な知識をわかりやすく説明することも必要です。 けれど、正しい情報が書かれていれば、必ず読まれるわけではありません。 同じ内容でも、 「この方法を使えば、作業時間を短縮できます」 と書かれている文章と、 「毎日忙しく、ブログを書かなければと思いながら、今日も管理画面を開けなかった。そんな方でも、少しだけ負担を減らせる方法があります」 と書かれている文章では、受け取る印象が違います。 前者には、情報だけがありますが。 後者には、人の姿と感情があります。 読者が立ち止まるのは、答えを見つけた瞬間だけではありません。 「これは自分のことだ」 と感じた瞬間なのだと思います。 ブログを書きたいのに、うまく書けない。 そもそも、ネタも思い浮かばない。 書いてもどうせ読まれないのなら、その時間を別のことに使いたい。 そう思いながら、書かない日がだらだらと続いてしまうのですよね。 この言葉を読んで、「そうそう」と思うブログ担当者は、きっと少なくないはずです。 人は、うまくいかない現状にモヤモヤしながらも、心のどこかでは前に進みたいと思っています。 だからこそ、自分の中にある迷いや弱さを言葉にしてもらったとき、少しだけ心が動くのだと思います。
<記事の概要>
ブログやYouTubeで人の心を動かすには、正しい情報だけでなく、書き手自身の感情や経験が必要です。生成AIと共存しながら、読者一人ひとりに届くコンテンツづくりについて考えます。目 次
1人の心を動かすコンテンツとは何だろう?生成AI時代に、あらためて考えたこと
先日、料理研究家のリュウジさんのYouTube動画(リュウジのバスレシピ)を見ました。
イタリア料理界の巨匠として知られる落合務シェフが、リュウジさんとコラボし、料理を披露する動画でした。
落合シェフがつくったアラビアータを口にしたリュウジさんは、しばらく言葉を失い、やがて涙を流していました。
料理の味に感動した。
もちろん、それもあったと思います。
けれど、あの涙は、単に「料理がおいしかった」という感情だけではないように見えました。
ずっと憧れてきた人と肩を並べ、一緒に料理をつくれたこと。
憧れのシェフをめざして料理研究家として歩んできた時間。
これまでの苦労や迷い。
尊敬する料理人への思い。
いろいろな感情が、一つの料理をきっかけにあふれ出したように感じました。
見ていた私も、思わず心を動かされました。
そして、考えました。
人の心が動くのは、こういうときなのだ、と。
その映像で心が動くのは、YouTube動画がきれいに編集されているからでも、役立つ情報がたくさん入っているからでも、面白い台本やシナリオが用意されているからでもありません。
その人が歩いてきた時間や、本当に抱えてきた感情が見えたとき。
そして、それに共鳴したとき。
そうなのかもしれません。
2ブログもYouTubeも、数字の向こう側には人がいる
そんな日が続くと、内容が悪いのだろうか、もっと引きのあるサムネイルをつくったほうがよいのだろうか、もっと役立つ情報を入れたほうがよいのだろうかと考えてしまいます。
私自身も、ブログのセッション数やYouTubeの再生回数を見ながら、何度もそう思ってきました。
できる限り丁寧につくっているつもりなのに、自分が想定している数字には届かない。そのたびに落ち込んでしまいます。
アクセスアップや再生回数を増やす方法を解説するYouTube動画を見て、何度もブラッシュアップしてみる。
しかし、思うような結果が出ないことがほとんどです。
そのたびに、ブログを書くのをやめようか、YouTubeもやめようかと、何度も思います。
けれど、その一方で、思いがけない記事や動画が、誰かの心に深く届くことがあります。狙ったわけでもないのに、なぜか数字が伸びている。
そんな現象です。
その違いは、どこにあるのだろう。
そう考えていくと、最後には人の感情が動くという所にたどり着きます。
先ほど紹介した、リュウジさんが涙を流した動画にも、つながるものがあります。
最近、あらためて思うのは、ブログでもYouTubeでも、人の感情が動かなければ、数字もなかなか動かないということです。
もちろん、検索対策やタイトル、サムネイルなどの最低限の技術は必要です。
しかし、その先で実際に記事を読むのも、動画を見るのも人間です。
数字の向こうには、悩んだり、迷ったり、喜んだりしている、一人ひとりの人がいます。
その人の心に何かが引っかからなければ、数字はついてこない。
そのことを徹底的に考えなければならない。
そう思うのです。
3人は「正しい情報」だけでは動かない
企業ブログをつくるとき、私たちはつい、正しい情報を伝えることに集中します。
そんなことを考えれば考えるほど、ブログは小難しくなり、ブログを書くことが難しくなり、文章もどこかまどろっこしくなっていきます。
もちろん、正確な情報は大切です。
読者の疑問に答えることも、専門的な知識をわかりやすく説明することも必要です。
けれど、正しい情報が書かれていれば、必ず読まれるわけではありません。
「この方法を使えば、作業時間を短縮できます」
と書かれている文章と、
「毎日忙しく、ブログを書かなければと思いながら、今日も管理画面を開けなかった。そんな方でも、少しだけ負担を減らせる方法があります」
と書かれている文章では、受け取る印象が違います。
後者には、人の姿と感情があります。
読者が立ち止まるのは、答えを見つけた瞬間だけではありません。
「これは自分のことだ」
と感じた瞬間なのだと思います。
ブログを書きたいのに、うまく書けない。
そもそも、ネタも思い浮かばない。
書いてもどうせ読まれないのなら、その時間を別のことに使いたい。
そう思いながら、書かない日がだらだらと続いてしまうのですよね。
この言葉を読んで、「そうそう」と思うブログ担当者は、きっと少なくないはずです。
人は、うまくいかない現状にモヤモヤしながらも、心のどこかでは前に進みたいと思っています。
だからこそ、自分の中にある迷いや弱さを言葉にしてもらったとき、少しだけ心が動くのだと思います。