執筆者:石川浩子
生成AI活用の落とし穴と対策描く楽しさを伝える企業が、なぜAIポスターで躓いたのか? ——2025年の事例から、私たちが自戒を込めて学ぶこと
- 2025年12月22日
- コラム
執筆者:石川浩子
石川 浩子チーフデザイナー
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<記事の概要>
画材メーカーのAIポスター炎上事例。企業のリスク管理と「選球眼」。審美眼より大切な「選ぶ力」とは?セキュリティやブランドを守るため、2026年に向けて策定すべきガイドラインの解説目 次
12026年に向けて企業が策定すべき、AI時代のガイドライン
2025年も残りあと僅かですね。
今年は毎日AIのニュースが飛び交っていた年でした。
2025新語・流行語大賞に「チャッピー(チャットGPT)」がノミネートされるなど、AIを身近に使っている人が増えたのだろうと思います。
この12月にも、とあるニュースが大きな波紋を呼びました。
某老舗画材メーカーグループによる「ポスターのAI利用」に関する話題です。
長年、多くの人々に愛されてきた企業だけに、SNSなどでは厳しい意見も見られました。
ただ、私たちはこの件を「失敗事例」として批判的に取り上げたいわけではありません。
むしろ、私たち自身も制作に携わる身として、
ー「これは決して他人事ではない」
「私たちも同じ落とし穴に落ちる可能性がある」
と、背筋が伸びる思いがしたのです。
今回は、この出来事を教訓として、AIという強力なツールとどう向き合うべきか、企業の「アイデンティティ」と「製品への愛」という視点から、皆様と一緒に考えてみたいと思います。
この記事のトリセツ
▼忙しい人向けへ。まずは30秒で要点をチェック
【この記事で何がわかるの?】
生成AIのイラストポスター事例から、企業が「効率化」の前に考えるべきリスク管理を解説。審美眼より大切な「選球眼」とは? 自社ロゴの崩壊やセキュリティ事故を防ぐため、2026年に向けて策定すべき「社内レギュレーション」の具体例も紹介します。
2なぜ、そのポスターは「違和感」を持たれてしまったのか
事の発端は、有名な某メーカーの関連会社がイベント告知のために制作したポスターに、生成AIによるイラストを使用したことでした。
「生成AIで制作していた」――サクラクレパス、“AI疑惑”ポスターの調査結果を報告
https://www.itmedia.co.jp/aiplus/articles/2512/11/news102.html
そもそも、イラスト自体に法的な権利侵害などの大きなトラブルがあったわけではありません。
では、なぜ、ここまで炎上してしまったのでしょうか?
ユーザー目線で考えると、多くのファンやクリエイターの方々が感じたのは、「寂しさ」や「矛盾」だったのではないかと考えられます。
「効率化」と「企業メッセージ」のミスマッチ
この会社が長年大切にしてきたのは、画材を通じて「自分の手で描くことの楽しさ」や「創造する喜び」を届けることです。
ユーザーも、その姿勢に共感してメーカーに信頼を寄せていました。
ーそんな中で、公式のポスター制作という重要な場面において、「描くプロセス」を省略するAIが使われてしまった。
ここに、企業が発信したいメッセージと、実際の行動との間に「ズレ」が生じてしまったように思います。
最も「しまったな」と感じた点
そして、デザイン制作のプロとして、私たちが最も胸を痛めた点があります。
それは、ポスターの中に描かれた「自社製品」の扱われ方です。
AIで生成されたイラストの中には、そのメーカーの代表的な商品と思われる文具が描かれていました。
しかし、よく見ると、そのパッケージにあるはずの「ブランドロゴ」が、AI特有の処理でグチャッと破綻し、判読できない状態になっていたのです。
メーカーにとって、自社製品は「我が子」であり、そのロゴマークは「顔」です。
本来であれば、どんなに小さな扱いであっても、
「このロゴだけは、絶対に崩してはいけない」
「ここは私たち一番の誇りだから、正しく美しく見せたい」
と、真っ先にこだわり、修正指示を出すべきポイントだったはずです。
その「愛すべき製品の顔」が崩れていることさえ見過ごされてしまった。
もしかすると、それがファンにとって一番のショックだったのかもしれません。
3私たちも日々、この迷いの中にいます
偉そうなことを書いていますが、実は私たちも、日々この葛藤の中にいます。
生成AIは本当に便利です。
「この画像、AIで作れば10分で終わるな」
「この文章、AIに任せればコストが浮くな」
ふとした瞬間に、そんな誘惑に駆られることがあります。
ですが、そのたびに私たちは立ち止まり、チームで議論します。
例えば、私たちはお客様のパンフレットを作る際、
「ロゴや商品写真など、企業の魂が宿る部分は、AI任せにしない」
という考えがあります。
そこには効率化よりも優先すべき敬意があるからです。
今回の画材メーカーの件は、その線引きの難しさを改めて私たちも考えるきっかけとなりました。
どの企業でも、チェック体制や意識が少し緩めば、自社の誇りさえ見落としてしまう可能性がある。
だからこそ、常に「自社のアイデンティティ(=自分たちは何屋なのか)」を問い続ける必要があるのです。
4 貴社のパンフレットにおいて、守るべき「一線」とは?
この事例から学べるぶべきことは、「AIを使ってはいけない」ということではありません。
「自社のブランドイメージと矛盾する使い方は避けるべき」ということです。
皆様の会社にも、きっと「ここだけは譲れない」というこだわりや、お客様との約束があるはずです。
例えば、こんなケースを想像してみてください
人との対話を大切にするコンサルティング会社の場合
もし、お客様への最初のメッセージが、AIによる無機質な自動生成メールだったら?
→「対話を大切にする」という言葉の説得力が薄れてしまうかもしれません。
職人の手仕事が売りの食品メーカーの場合
もし、食品イメージ画像が実物とかけ離れたAI生成の「架空のシズル画像」だったら?
→「手仕事の温かみ」というブランド価値に、疑問符がついてしまうかもしれません。
お客様は、私たちが思っている以上に、企業の「一貫性」を見ています。
パンフレットやWebサイトは、貴社の「顔」そのもの。
だからこそ、便利なツールを使う時ほど、「それは貴社らしい振る舞いか?」というチェックが必要になるのです。
5審美眼より大切なのは「選球眼」。企業のリスク管理能力
ここまでAIのリスクについて触れてきましたが、私たちは決して「生成AI=悪」としたいわけではありません。
AIは強力なツールであり、使い方次第で素晴らしい成果を生み出します。
これからのAIは、より一層、私たちのビジネスや生活に入り込み、なくてはならない存在になっていきます。
ただ、そこで重要になるのが、出来上がったものを見定める力です。
クリエイティブの世界ではよく「審美眼(美しいものを見抜く目)」が必要だと言われますが、AI時代においてはそれ以上に「選球眼(ボールかストライクかを見極める目)」が問われます。
そう、綺麗なものが正解とは限らないからです。
AIは「一見すると美しく、整った画像」を一瞬で作り出します。
しかし、ビジネスにおいて「綺麗なもの」が常に正解とは限りません。
多少不格好でも人間の温かみが必要な場面もあれば、論理的な整合性が最優先される場面もあります。
AIが出してきたアウトプットに対して、
「これは本当に私たちのブランドに合っているか?」
「ボール球(不適切な表現)に手を出していないか?」
そう厳しくジャッジし、採用するか・採用しないかを選ぶ(あるいは使わない)決断。
これはAIにはできませんよね?
AIに限った話ではありませんが、最終的に品質を守るのは、人による「選ぶ力」なのです。
「まさかの坂」に備える
近年、AIの精度は飛躍的に向上しています。パッと見ただけでは人間が描いたものと区別がつかないレベルのものも増えてきました。
しかし、精度が上がったからこそ、人の目でミスを指摘するのが難しくなっているという新たなリスクも生まれはじめてます。
「これだけ綺麗なんだから大丈夫だろう」
そう油断した隙に、背景が破綻した構図だったり、ロゴが潰れていたりといった致命的なエラーが紛れ込む。
「まさか、これほど進化したAIがこんな初歩的なミスをするとは……」
ビジネスには「上り坂」「下り坂」、そして「まさか」の坂があると言われますよね。
AI活用においても、この「まさか」があることを前提に、人間の目によるダブルチェック・トリプルチェックの体制を備える必要があります。
社内外で「レギュレーション(ルール)」の共有を
特に大きなグループ企業やプロジェクトともなると、多くの担当者や外部の制作会社が関わります。
「担当者の個人の判断」に任せていては、いつか必ず事故が起きます。
だからこそ、AI活用に関する「共通のレギュレーション(ルール)」を策定し、社内外で共有することを強くおすすめします。
一度、関係者を集めて、以下のような「例題」について話し合ってみてはいかがでしょうか?
社外秘の資料や、特定の人物(社員やタレント)の写真をAIに読み込ませる(学習させる)ことをどの程度許可するか? それともセキュリティ観点から全面禁止にするか?
AIが出力した文章や画像を、人間の加筆・修正なしでそのまま世に出すことを認めるか? (例:社内資料はOKだが、社外向けパンフレットはNGなど)
万が一、AI生成物で権利侵害などの炎上が起きた際、発注側(自社)と受注側(制作会社)のどちらが責任を負うか?
自社製品やロゴマークが映り込む場合、AI生成の使用を認めるか? それとも、そこだけは必ず実写や既存の正規データを使用するルールにするか?
こうした基準をあらかじめ設けておくことが、現場の迷いを減らし、結果としてブランドを守ることにつながります。
6私たちも「AIガイドライン」を策定することにしました
こうした背景を受け、私たちノーブランドでもお客様に安心してご依頼いただくために、新たに「AI活用に関するガイドライン」を策定することにいたしました。
その中でも特に重要なポイントを2つご紹介します。
お客様の情報をAIに読み込ませない(セキュリティの徹底)
お客様からお預かりした資料、固有名詞、人物の写真などを、安易にオープンな生成AIサービスに入力することはいたしません。
多くの生成AIは、入力されたデータを「学習データ」として再利用する可能性があります。つまり、貴社の未公開情報や個人情報が、意図せず外部へ流出してしまうリスクがあるのです。
私たちは、セキュリティと機密保持を最優先し、安全が担保された環境以外でのAI利用は行わないことをお約束します。
「生成AIを使わない」という選択肢の明示
ご要望に応じて、「制作プロセスにおいて生成AIを使用しない」という選択肢を明確にご用意いたします。
そもそも私たちはこれまで、経験と技術で一つひとつ制作物を作ることをスタンダードとしてきました。
ですので、これは特別なことではなく、私たちの「原点」とも言える品質基準です。
「権利侵害のリスクを完全に排除したい」「手触りのある温かみを大切にしたい」というお客様は、ぜひ制作前にお声かけください。
7【まとめ】2026年は「ルールなき活用」から「意思ある選択」へ
2025年は、多くの企業がAIの利便性に触れたと同時に、「ただ使うだけでは火傷をする」という痛みを学んだ1年だったと言えるでしょう。
「効率化」は大切です。しかし、それによって企業の「アイデンティティ(らしさ)」や「製品への愛」が損なわれてしまっては、元も子もありません。技術は常に進化し続けます。
だからこそ、流されるのではなく、
「うちは、ここまではAIを使うけれど、ここからは人間がやる」
「なぜなら、そこが私たちの付加価値だからだ」
という、自社なりの「軸」や「ガイドライン」を持つことが、これからの企業活動において不可欠になってくるのではないでしょうか。
2026年が、皆様の企業にとって「AIに振り回される年」ではなく、確固たる信念を持って「AIを使いこなし、ブランドを磨き上げる年」になることを願っております。もし、そのガイドライン作りや、これからの制作物のあり方に迷われることがあれば、いつでも壁打ち相手としてお声がけください。私たちも皆様と共に考えたいと思っています。